『もっとも切ないのは・・・』
エッセイの殆どは、飼っていた犬の思い出である。かわいがっていた犬を失った時、誰もが悲しみ、もっとあれもして、これもしてあげればよかった、と悔やむ。でも・・・飼い主に愛されて逝った犬達は幸せである。もっとも切ない話は向田邦子の『隣の犬』。
隣の犬はただ庭に繋がれているだけ。隣の家族が夜逃げをした時も置き去りにされ、うなだれたまま。結局、保健所に連れていかれ、始末されることになる。
向田邦子は決して人になつくこともなかったこの犬を不憫に思い、せめて最後にと、魚を焼いて、棒で押し込む。その後で見たら、きれいに食べられた魚の骨だけを残し、犬は消えていた。
「私はこの犬の名前を知らなかった。名前を呼ばれ可愛がられるのを一度も見たことがなかった」
愛され、愛することを知らないまま死んでしまった犬。なんてやるせなく、哀しいことだろう。なんのために存在していたのだろう。
向田邦子は行き場のない憤りを、友人達と飲んで、はらすしかなかった。